青年の魂、百まで(上)

今でもたまに見る夢がある。
動きのいまいちよくわからないステージマーチングショーに出演している夢だ。
ステージマーチングショーを簡単に説明すると、アメリカンフットボールの試合のハーフタイムの時に、何十人かが派手な衣装に楽器を持ってグランドに出てきて、動き回っていろんな隊形になりながら演奏しているアレをステージ上で演ることである。
何となくおわかりいただいただろうか?

 

私はこれを大学の吹奏楽部で初めて体験した。
私が現在OB会で顔を出している高校の吹奏楽部では、昔は演っていなかったが今は現役性が演っている。

 

私は大学1回生の時、非常に不真面目な部員だったため、年末にある最大のイベント“定期演奏会”の練習に全然顔を出していなかった。
いろいろあって、ギリギリで参加することになったのだが、苦労したのがこのマーチングショーでの自分の動きだ。
他のみんなは数ヶ月かけて約7曲ぐらいを覚えていったのに、私は2~3週間でマスターしなければならなくなった。
この時のことが、未だに脳裏から離れないようだ。


大学の吹奏楽部には、当時それは厳しい部則があった。
まず、4回生のことを「幹部」と呼ぶ。
「幹部」のTOPが「部長」だ。言うまでもなく、一番偉い。
1~3の各回生には一人づつ「統制」と言われる人がいる。ま、それぞれの回生の代表である。
一度統制になれば余程理由がない限り学年が上がっても統制をすることとなり、そのまま最終的には「部長」となる。

 

その年、新しく入ってきた1回生を教育するのは2回生の仕事だ。
1回生がすこしでも部則やしきたりに反するものなら、厳罰に怒られることとなる。
1回生の行いがよくない場合、幹部は3回生の統制を呼び出し、厳重に注意する。
3回生の統制は2回生全員を呼び出し、さらに厳重に注意をする。
そのあと2回生の統制だけ呼び出し、個人指導が入る。
2回生は1回生全員を呼び出し・・・・・
こんなことがよくある。

 

大学の吹奏楽部って、みんながみんなそうではないがちょっと他のクラブとは違うところがあった。
私の通っていた大学の吹奏楽部は運動系にも文化系にも属さない“独立団体”だった。
なぜなら、吹奏楽部の親組織が“応援団”だったからだ。
今はどうか詳しくないが、当時の各大学の吹奏楽部の正式名称で「○○大学 応援団 吹奏楽部」というのは珍しくなかった。

 

うちの大学では昔は“応援団”が付いていたらしいが、その時はもう取れていた。
にも関わらず“部則”には応援団であった頃のモノと思われる理解しがたいモノが多くあった。
この“統制”という考え方もその一種ではないだろうか?

 

毎年各回生ごとにこういうシステムであるから、なかなか上の回生と仲良くなりにくい。
いくつか変わった部則を紹介しよう。